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03 / 13 Thu 19:39 ×
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02 / 11 Sun 22:10 #栃 ×

沫は涙した。私の涙がこぼれ、それを受け止めて吸収して膨張する。そして私と共に泣く。

人口のフローラルの入浴剤の芳香が、白い湯気に絡まって充満していた。もう何時間湯船に使っているのかいよいよ分からなくなってきた。脳はくらくらと軽い震盪を起こし、汗だか涙だか分からない液体が顔をぐちゃぐちゃにしている。息が熱くなって荒くなった。湯船の水面に浮かんだシャンプーの沫の塊に、顔から滴が垂れた。それを受け止めて、沫は水面を滑った。あと何時間でもこうして居られる気がした。このまま脱水して死んでしまってもいいと思う。

弟が死んだ。意外にも当時は泣かなかった。むしろ泣けなかった。まだ死体が、私がつつけば動く気がしていた。これは医者の診断違いだと思っていた。けれど私の精神的無意味な抵抗を無視して葬儀が行われて三日してからようやく今までの、生前の弟の姿が脳内に蘇り、今では眼を閉じる度にそのうちのどれかが焦げ付いて離れなくなる。こんなに呆気なく逝ってしまうのならば、もっとやってあげたかった事が山ほど在った。せめて死ぬ直前に、何かしてあげたかったと思う。けれどそれを思い出す度に悔しくなって泣いた。結局、何も出来なかったことは事実なのだ。あと五日時間を戻せるなら、と幼稚な事を本気で願った事も、もう全て終わってしまった事だ。私はもう悔やむことすらできないだろう。何をしたって元通りにはならないのだ。何も出来なかった私は此処に居残るのに、弟は何かをして貰う為に生き返りはしないのだ。

水面に顔を埋めてみる。その中で息を細く長く吐くと、小さな空気の沫がぷつぷつと立ち上っていくのを感じた。沫は涙した。そして私が分からないほど呆気なくぷっつりと消え果てる。失くしてしまう事が、こんなにも空虚なものだとは思わなかった。もし弟が死ぬ十秒前に戻れるのなら、私は土下座をして彼に云いたいと思う、何も出来ない私を赦して下さい。

 

 

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